大判例

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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1741号 判決

原告 米永良子こと 村山良子

右訴訟代理人弁護士 斎藤義夫

被告 村井建設株式会社

右代表者代表取締役 村井英雄

被告 村井英雄

右両名訴訟代理人弁護士 川合常彰

同復代理人弁護士 伊藤龍弘

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一七六一万四二〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月九日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告らは原告に対し、各自金一七六一万四二〇〇円及びこれに対する昭和五一年六月一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮りに執行することができる。

(被告ら)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は、昭和四四年一〇月一〇日、被告会社との間で、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を次の約定で建築する旨の建築請負契約を締結した。

1 請負代金 金二〇〇〇万円。但し、契約後、原告は被告から建築材料などの値上りを理由に、増額の申入があり、昭和四四年一一月ころ、当事者間で、請負代金を金二二〇〇万円に増額する旨の合意が成立した。

2 支払方法

イ 契約日 金七〇〇万円

ロ 上棟日 金五〇〇万円

ハ 完成日 金八〇〇万円

3 工期

イ 着工日 昭和四四年一〇月一五日

ロ 完成日 昭和四五年三月三〇日

ハ 引渡日 竣工確認の日から一〇日以内

4 防火に関する仕様上の約定

建物の主要構造に対して耐火被覆を施行する。

二  右契約に基づき、被告会社は、昭和四四年一〇月九日、台東区役所に対し、本件建物についての建築確認申請をなし、同年一二月一〇日、同区役所から、同確認通知を受け、昭和四五年五月ころ、原告に対し、本件建物を完成して、現実の引渡しをなし、他方、原告は、同年一二月までに、被告会社に対し、本件建物の雨漏り補修後に支払う約定の金八〇万円を除く金二一二〇万円を支払った。

三  しかるに、昭和五一年三月八日夜、本件建物の三階三〇一号室で都市ガス取扱い方法の不注意による爆発事故が発生した際、爆発元でない本件建物の三階三〇一号室に居住していた訴外友吉たみが一酸化炭素中毒により死亡し、被告会社が本件建物の建築工事に際し、請負契約に反し、主要構造に対し耐火被覆をしていないことが明らかとなった。

四  被告会社が本件建物の主要構造に耐火被覆をしなかったため、原告は少くとも金一七六一万四二〇〇円の損害を受けた。

五  被告村井は被告会社の代表取締役であり、本件請負契約成立当時から、被告会社は資本金が金一五〇万円であり、発行済株式数が三〇〇〇株であり、被告会社の本店と被告村井の自宅とは一致しており、従業員の数も少なく、実態は被告村井の個人営業と大差なく、税金対策上、法人にしたに過ぎず、被告村井が被告会社の営業全般につき「ワンマン」として、指揮、命令、監督できる立場にあり、被告村井の建築士としての資格からすれば、被告村井は被告会社の本件建物請負契約の不完全履行の事実を認識していながら、本件建物を引渡したのであり、被告会社の代表取締役としての職務につき悪意もしくは重過失があり、その結果、原告に損害が生じたもので、商法二六六条の三により、予備的には被告会社の代理監督者として民法七一五条二項により、原告の損害を賠償する責任がある。

六  よって原告は被告会社に対し、本件建物請負契約の注文者として、民法六三四条二項により、被告村井に対し、商法二六六条三により、予備的には民法七一五条二項により、原告の損害金一七六一万四二〇〇円及びこれに対する、原告が被告会社に対し右補償と損害賠償を求めた後である昭和五一年六月一日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各自支払うことを求める。

(請求原因に対する被告らの認否)

一  請求原因第一項のうち、原告が被告会社と本件建物の建築請負契約をなしたことは認めるが、4の約定については否認する。原告は本件建物の建築を注文する際、工事代金が増加するので耐火被覆工事を施さないように指示した。

二  同第二項のうち、被告会社が雨漏りの補償工事をしないことは否認するが、その余は認める、なお、本件建物の引渡時期は昭和四五年四月一〇日ころである。

三  同第三項のうち、本件建物で都市ガスによる爆発事故があったこと、本件建物に耐火被覆工事がなされていないことは認める。

四  同第四項は争う。

五  同第五項は争う。

六  同第六項のうち、原告が被告会社に工事の補修と損害の賠償を求めたことは否認する。

(被告らの抗弁)

原告は、昭和五一年三月中旬ころ、被告らに対し、本件請求の如き損害賠償を請求しないと明言し、被告らの債務を免除した。

(抗弁に対する原告の認否)

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第一項のうち、建物の主要構造に対し耐火被覆を施行する旨の約定を除き、原告と被告会社との間で本件建物の建築請負契約をなしたことは当事者間に争いがないが、右約定について争いがあるので判断するに、

1  右争いのない事実に《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和四四年初めころ、東京都から賃借していた東京都台東区浅草三丁目一〇五番二〇号及び一一号の土地合計一四三平方メートルに本件建物を建築することとし、以前からの知り合いであった被告会社に金二〇〇〇万円で請負うように依頼し、被告会社もこれを承諾したが、原告が銀行から融資を受けるため、被告会社は、同年七月二六日、金二二七〇万七〇〇〇円の見積書を作成したこと。

(二)  その後、被告会社は、昭和四四年九月下旬から同年一〇月下旬にかけて、従業員である一級建築士の訴外吉田光勝をして、構造計算図、仕上表、階段詳細図、矩計図などを作成すると共に、同年一〇月一日、原告から、被告会社の代表取締役である被告村井に対する確認申請手続の代理権を付与する委任状を受取り、同月九日、被告村井を代理人として、台東区役所に確認申請手続をなし、同年一二月一〇日、同区役所から同確認通知を受けた(確認手続については当事者間に争いがない。)が、被告会社が作成した矩計図にデッキプレート耐火ヒフクスプレーテックス更に柱、梁、デッキプレートはすべてモルタル塗り四〇mm以上又はスプレーテックス吹付一五mm以上なる記載があり、柱、梁、デッキプレートに耐火被覆をなすことが明記され、更に確認申請書にも構造欄にH型鋼(耐火構造)の記載がなされていたこと。

(三)  右確認申請をなした後、昭和四四年一〇月一〇日、原告と被告会社との間で、請負代金二〇〇〇万円とする本件建物の建築請負契約が締結され、その後間もなく、建築確認がなされないうちに、本件建物の建築工事が着工されたが、その後、原告と被告会社との間で、本件建物のうち三階及び四階は賃貸マンションなので障子の材質や壁の材料などの造作は上質なものは入れなくともよいという話がまとまったこと。

2  ところで被告らは、本件建物建築の際、原告と被告会社との間で工事代金を増加させないため耐火被覆工事をしないことに決まった旨主張し、《証拠省略》中には、右主張に符合する、建築工事を着工する前に、原告から金二〇〇〇万円しかないので、耐火被覆工事をしないように指示された旨の供述部分があるが、前記1掲記の証拠によれば、

(一)  本件建物のような建物には建物の主要構造に耐火被覆工事をなすことは建築法規上要求されており、これがなければ建築確認が受理されないこととなっており、建築業者である被告会社は充分認識していること。

(二)  原告は建物建築には素人であり、建物の主要構造に耐火被覆をなすことが必要であるか否か認識していたとは考えられず、事実、建築確認や本件建物の設計図や構造計算書などを見たのは昭和四四年暮であり、原告が工事着工前に被覆工事をしないように指示したとすることは合理的でないこと。

(三)  工事代金額が金二〇〇〇万円であることが決ったのは、昭和四四年七月以前であり、本件建物の設計や確認申請を出したのは代金額が金二〇〇〇万円であることを前提としたもので、同年一〇月の工事着工直前に代金額が不足という理由で建物の基本部分に耐火被覆工事をしないと決めたと考えることは合理的でないこと。

以上からすると、被告ら主張に符合する右供述部分は信用することができず、他に前記1認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  前記1認定の事実によれば、原告の主張のとおり、本件建物の建築請負契約に建物の主要構造に耐火被覆工事をなす約定を認めることができる。

二  同第二項のうち、被告会社が雨漏りの補償工事をしない点を除き、その余はいずれも当事者間に争いがない。なお、雨漏りの補償工事については原告の本訴請求の成否とは直接関係ないので判断しない。

三  同第三項のうち、本件建物で都市ガスによる爆発事故があったこと、本件建物の主要構造に耐火被覆工事をしていないことは当事者間に争いがない。

四  同第四項について争いがあるので判断するに、請負契約に基づく瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の損害額は、原則として、仕事の目的物である建築物の引渡しがなされた時を基準として考えるべきところ、本件においては、原告が本件建物の引渡しを受けたときは耐火被覆工事をしていないという本件建物の瑕疵については認識し得ず、本件建物の爆発事故が発生して始めて瑕疵の存在が判明したに過ぎず、本件建物の引渡時には、原告は被告会社に対し、右瑕疵の修補もしくはこれに代わる損害賠償を請求することができず、右引渡時を基準として損害賠償額を判断するとすれば、右瑕疵を認識し得たとき、即ち現実に損害賠償を請求し得るときを基準として算定した損害賠償額との差が生じたとき、その不足分もしくは超過分を原告に帰属させることは、原告の予期し得ないものを帰属させることになり、不公平といわざるを得ず、本件においては、原告が請求をなしうるときである本件建物の瑕疵を認識しえたときを基準とすることが相当である(なお、修補請求の時を基準として損害賠償額を算定させることが相当であるとする判例((最判昭和三六年七月七日―民集一五巻七号二四頁))は、本件において原告が被告会社に修補請求をしたことを認めるに足りる証拠がない以上、適切な判例ではない。)、

そこで損害額について考えるに、右損害額は本件建物の爆発事故のあった昭和五一年三月八日を基準として算定すべきところ、《証拠省略》によれば、同年一一月一一日において本件建物に対し耐火被覆工事をなす費用の見積額は金一七六一万四二二〇円であり、右算定時は本件建物の爆発事故から約八ヶ月後で近接した時であり、右各証拠以外に損害額を認定する証拠はない以上、損害額は右金額であると判断することが相当である。

五  同第五項について検討するに、《証拠省略》によれば、被告会社は、昭和三八年三月二三日、設立された、資本金一五〇万円の会社で、被告村井が代表取締役で、その他の役員は主に被告村井の妻や弟がなっており、被告村井の自宅と被告会社の本店が一致しており、従業員も四人程度で、いわば被告村井の個人営業と同一で、被告村井が本件建物の請負契約について見積りを出し、原告と接渉しており、実際の建築について従業員を指導、監督していたことが認められ、右事実からすると、被告村井は、被告会社の代表取締役として、主要構造に対し耐火被覆工事をなすことを約定して本件建物の建築請負契約を締結したにもかかわらず、実際の工事において、被告会社の従業員を指揮、監督して、本件建物を建築した際、右耐火被覆工事をなさず、被告会社の代表取締役としての職務を行なうについて悪意もしくは重大なる過失があり、これによって原告は前記損害を蒙ったもので、被告村井は、商法二六六条の三により、原告の損害を賠償する責任がある。

六  次に被告ら主張の抗弁について検討するに、被告会社代表者兼被告村井本人尋問の結果中には、右抗弁に符合する供述部分があるが、これと矛盾する原告本人尋問の結果があり、右供述部分を補強する証拠がなく、右供述部分だけで右抗弁を認めることはできない。

七  また原告は昭和五一年五月末日以前に被告会社に本件建物の補修と損害賠償を求めたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、従って、訴状送達によって初めて本件建物の瑕疵の損害賠償をしたと認めることができる。

八  以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告らに金一七六一万四二〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年三月九日(訴状送達の翌日が右月日であることは本件記録上明らかである。)から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるので認容するが、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松峻)

〈以下省略〉

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